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12th
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思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

――-マザー・テレサ

Twitter / リアライズド: 思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言 … (via gothedistance) (via mdnlvs) (via outofstepo) (via tayouji)

Be careful of your thoughts, for your thoughts become your words; Be careful of your words, for your words become your deeds; Be careful of your deeds, for your deeds become your habits; Be careful of your habits; for your habits become your character; Be careful of your character, for your character becomes your destiny.

(via igi) (via motomocomo)

(via hdk) (via gkojaz)

2010-02-18

(via gkojay) (via syura16) (via motovene) (via flatmountain) (via kumemoto) (via loopdrive)

(via hsmt)

May
11th
Wed
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自分が知らない表現・概念は、自分の中から簡単には生まれない
だからこそ他人の書いた良質なコードを読んだり良書を読んだりして、学び続ける必要と意義があるわけだ
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橋下「では、職員の給与を下げなければ
   それですべてがゆるされるんですね?」
職員「そういうわけではないですが、
   職員の士気をさげれば、うまくいかないのは当然です」
橋下「それで、大阪府が破綻した場合は?」
職員「それは我々が関与するところではないです」
橋下「職員でありながら、財政面には関与しないと?」
職員「そういうのは知事、あなたの仕事でしょう!! 
   我々では越権行為になる!そんなことがわからんのか!」
橋下「財政面に言及せず、給料だけもらうというのは、
   どう考えてもおかしいでしょう」
職員「退職までの給料が保証されていたのに、
   下げられるほうがおかしいでしょう。
   これじゃあ、前にも誰かが言うてましたが
   後だしジャンケンでしょう」
橋下「そういう問題を今、話しているわけじゃないんですよ。
   あなたの給与、それをまかなう財源が足りないんです。
   ないものをどうやって捻出するんですか?」
職員「だから、それはあなたの責任でしょう!!
   あなたが無能だからじゃないですか(笑)」
 →職員から笑いが起こる
橋下「では、あなたは無駄を減らさずに、税金だけをあげろと?」
職員「それはやむを得ないこともあります。
   というより職員の給与が無駄とはどういうことですか?」
橋下「話になりません」
職員「どういうことですか?説明を願います」
 →「ふざけるな!」と野次が飛ぶ。
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(Source: freckled, via cantiknya)

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lollodj:skiribilla:colinmillerphoto: Ocean Colors - Cancun, Mexico

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(via hsmt)

Dec
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七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よく話すんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。

学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴というと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。

八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませて食べる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、なぜなら赤(いちごジャム)やむらさき(ブルーベリージャム)が白いのに混ざるのがおもしろいから、あと、わざとちゃんと混ぜないで甘いところと甘くないところをつくる、生の食パンとか意味わからない、不味い、というようなことが延々と書いてあって、私はいたく感動した。ニコルソン・ベイカーみたいだ。徹底した脈絡のなさがすばらしくリアル。他者の価値観を一顧だにしない主観がなんてクール。

たぶん彼女は記憶と思考を選ぶことが、まだうまくできないのだ。それに抽象概念の操作にも慣れていない。だから頭の中を時間軸だけで切り取ったような文章を書いている。

これはすごくいい文章だよ、と私は言った。七五三なんか放っておいたっていいじゃない、ここはひとつ朝ごはんまででいこうよ、捨てちゃうのもったいないよ。私がそう提案すると、彼女は重々しくうなずいて、まあね、これ自分でもわりと気に入ってる、と言った。

でも彼女はそういう作文を書きつづけるにはいかないことをちゃんと知っていて、きれいにまとまった文章を作る方法を知りたがってもいた。だから私は作文を終わらせる方法を教えることにした。

あのさ、まず書くことを決めるじゃない、最初に。七五三とか。で、書くことの前とか後とかあるでしょう。七五三の日の朝ごはんみたいなこと。それはちょっと短くする。どうやって短くするかっていうと、八枚切りのパンを反りかえるまで焼いてから反対側もちょっとあぶって、それからバターをつけて、って書きたいところを、お父さんとお母さんと一緒にパンを食べました、って書くんだ。もちろんお母さんが起きてからよくわからない部屋着に着替えてそれから出かける格好になることの謎についてとか、お父さんのひげそりの音が変化に富んでいて魅力的だということとかは書かない。もっと省きたかったら、ただ「朝ごはんをすませて」、って書く。文いっこもいらない。

もっと短くしたかったら、と彼女は訊いた。私は彼女の真似をして重々しくうなずき、「支度をして家族みんなで家を出ました」って書くの、と言った。もっと、と彼女が言うので、神社の階段を登っているところから始めてもいい、と私は教えた。もちろん一日は朝起きたところからはじまる、でも作文では石段に足をかけたところからはじめてもいい、なんなら帰ってきたところからでもいい。

彼女はやはり重々しくうなずき、ありがとう、と言った。どういたしましてと私はこたえた。

でもそれはほんとうはつまらないことなのだ。誰かの要求にあわせて作文を刈りこむなんて、書く意味があることとないことをふるいわけるなんて、所定の枚数にきれいにおさめるなんて。思いついたことは思いついた順に全部書けばいいんだけどな、と思う。